翻訳者は細部にこだわる職人であるべき

去年書いた「翻訳メモリの弊害」という記事に対して、コメントを頂きました。ちょっと思うところがあったので、コメント返しだけでなくて補足として記事にしてみました。

この記事は、翻訳メモリを使った仕事での問題点をいくつか取り上げたものです。その中で、すでに翻訳がある程度終わっている文書に対し、既訳部分の語調 (「です・ます調」と「だ・である調」) を変える処理をして欲しい (または入り混じっている語調を統一するように) と追加訳出のついでに言われた場合、そうした手間は相当なものなのですが、対価はほとんど支払われないことを次のように指摘しました。

前の記事から引用:
『90%とか80%とか、地味に部分一致しているものでも、「ですます調」と「である調」を入れ替えたり、指定訳語に変更があったりすれば、前後の文章との流れに合わせてほとんど全部書き換える必要があったりします。』


それに対して、次のようなコメントを頂いています。

頂いたコメント:
『ですます→だである調の変換では全体を書き換えることもないと思いますが。。。訳語の統一も、trados等を使えば難しくないのでは?』


たしかに全部を書き換えるというのは語弊のある表現でした。ただここで言いたかったのは、1つ1つの「翻訳単位」についてすべて、例え「100%一致」になっていても開いて作業しなくてはならず、それなのに対価がもらえないということです。(会社によってはもらえる場合もありますが、英単語1ワードにつきせいぜい1円程度です。)

一括変換などで対応できる程度の量ならそもそも問題ないのですが、何百ページにも渡るような文書を相手にしている場合、それだけで大変な労力と時間が必要になります。また、変換したものを必ず翻訳メモリに登録しなくてはならないという指示がある場合も多く、WORD やエディタなどの一括変換機能だけで片付くほど簡単な話ではありません。そして、一括変換だけという程度の修正で品質に影響がないと考えることも、プロの意見ではないと思います。



よく、こういう文章を見かけます。

「A は〜だが、B は〜です。」「A は〜するが、B は〜と思います。」

これを見て変だと思いませんか? 本来なら、「A は〜ですが、B は〜です。」「A は〜しますが、B は〜と思います。」などとすべき文章だと思うのですが、あまり気にしない方が多いようです。

まさかプロの翻訳者にはこういう文章を平気で書く人はいないと思いますが、もし「だ・である調」と「です・ます調」の入れ替えを、語尾だけ一括変換すればいいと考えているのなら、それは文章のプロとして失格じゃないでしょうか。

実際この例では、文末は「です・ます調」で問題ないのに、文の前半部分で問題となる「だ・である調」を (文末だけの一括変換では) 自動修正できません。読点「、」と組み合わせて一括変換すればうまくいくかも知れませんが、誤変換してしまう文節もでてくるでしょう。

逆に、単に文末だけを「だ・である調」から「です・ます調」に、もしくはその反対に一括変換した場合、本来問題のなかった文章をおかしくしてしまう危険性もあります。つまり、上の例のような文章を一括変換で作り出してしまう可能性もあるわけです。

それを防ぐには、やはりすべての翻訳単位を (本来作業対象外の部分であっても) 丁寧に確認しなくてはなりません。これは相当に苦痛な作業です。



また、無理やり語調を一括変換したために、同じような表現が近くにできてしまったり、くどい言い回しになってしまい、センスのない文章になることも在り得ます。その場合、1つの文章内はもちろん、前後の文の言葉とも重ならないように、広い範囲を注意して読まなければなりません。例えば次のような文章を見てみましょう。

「〜できるようになるはずだと思います」→「〜できるようになるはずですと思います」

一括変換で「はずだ」を「はずです」に変えた場合、こんな変な文章になってしまいますよね。これじゃお金を取れる商品とは言えません。これでいいと考えている翻訳者がいるなら、それはとても悲しいことです。



元々、一括変換で簡単に対応できるようなものについては前回の記事で議論の対象にしていませんし (明記はしてませんが、そのくらいは読み取ってもらえると思ってます)、それ (=一括変換) で何でも簡単にできちゃうじゃないかという括りは、品質的なことをあまり重視していないか、翻訳者ではない方の意見じゃないかと思います。もしくは、あまり大きな量の仕事をこなしていない翻訳者の方とか。  (コメントを頂いた方はもっと単純に意見を下さったのだと思いますが。)

翻訳の作業でこういう細部にまでこだわることが出来ないのなら、あまりいい翻訳者にはなれないのではないでしょうか。そう考えて、「安いお金しかもらわないんだから、そこまでしなくてもいいじゃん」と思うことは避けたいものです。そういう態度というかスタンスでやっていると、イザ本当に大事な仕事の時にも、ちゃんとした翻訳ができなくなってしまうはずです。

ある意味職人ですからね、翻訳者は。職人気質を持って仕事したいものです。 自己満足かも知れないけど。。。