計算の工夫

先日、時々コメントをくださる Riko さんのブログに二桁の数字の掛け算についてコメントしたのですが、証明はコメント欄には長すぎるので、ここで改めて紹介することにしました。二桁の数字の掛け算と言っても、ここでは特殊な場合を取り上げます。


 <10の位が同じで、1の位を足すと10になる数字の掛け算

二桁の数字同士の掛け算で、10の位が同じで、1の位が足すと10になる数字(88と82とか、34と36など)の場合は簡単です。

10の位の片方の数字に1を足し、10の位同士を掛け合わせたものが1000と100の位。1の位の方はそのまま掛け合わせて、10と1の位になります。(10の位の方は、数字によっては答えに1000の位がない場合もあります。)

88と82なら、8 x(8 + 1)=72、8 x 2 = 16なので、答えは7216です。

34と36なら、3 x (3 + 1) = 12、4 x 6 = 24なので、答えは1224になります。

何故か? ちょっと数学 (というか算数) らしく証明してみましょう。

まず、2つの数字を次にように表します。

10の位の数字 = X
片方の1の位の数字 = Y
とすると、2つの数字はそれぞれ (10X + Y) と {10X + (10 − Y)} となります。

また、ここでは乗数を E で表して、たとえば5の二乗を5(E2) と表すことにします。

それでは、この2つの数字を掛けてみましょう。

(10X + Y) x {10X + (10 − Y)}
 = (10X + Y) x {(10X − Y) + 10}
 = {(10X + Y) x (10X − Y)} + (10X + Y) x 10

 ここで、(A + B) x (A − B) = A(E2) − B(E2) という公式を使います。

 = {(10X)(E2) − Y(E2)} + 100X + 10Y
 = 100X(E2) − Y(E2) + 100X + 10Y
 = {100X(E2) + 100X} + {10Y − Y(E2) }
 = {(100X) x (X + 1)} + (10 − Y)Y
 = 10X x {10(X + 1)} + (10 − Y)Y

この式を見みると、

1). 10X x {10(X + 1) の部分は「10の位の片方の数字に1を足し、10の位同士を掛け合わせたもの」で、

2). (10 − Y)Y の部分は「1の位の方はそのまま掛け合わせ」たものですね。だって、一方の1の位の数字が Y ならば、もう一方の1の位は (10 − Y) なんですから。
実際に34と36の掛け算で試してみると、X = 3、Y = 4 (または6) なので、

34 x 36
 =(30 x 40) + (6 x 4)
 =(3 x 4) x 100 + (6 x 4)
 =12 x 100 + 24
 =1224

ということで、めでたく証明できました。


 <10の位が同じ数字の掛け算 (1の位の数字は何でもあり)

これを応用して、10の位が同じで、1の位の和が10にならない場合も含めて考えましょう。例えば76 x 78とか76 x 72など。この場合、2つの数字は 10X + Y と 10X + Z と表すことができます。そして、1の位の数字の和から10を引いた値を D とします。つまり、
(Y + Z − 10) = D と置きます。

それでは、これを上の例のように展開してみましょう。

(10X + Y) x (10X + Z)
 =100X(E2) + 10XZ + 10XY + YZ
 =100X(E2) + 10X(Z + Y) + YZ

 ここで、(Y + Z − 10) = D は Y + Z = D +10 と書けるので、

 =100X(E2) + 10X(D + 10) + YZ
 =10X x {10X + (D + 10)} + YZ
 =10X x {10X + 10 + D} + YZ
 =10X x {10(X + 1) + D} + YZ
 =10X x {10(X + 1)} + 10XD + YZ
この式を見ると、

 1). 10X x {10(X + 1) の部分は「10の位の片方の数字に1を足し、10の位同士を掛け合わせたもの」で、

 2). 10XD の部分は、「1の位の数字の和から10を引いたもの (マイナスの場合もあります) に10の位 (10の位の数字そのものでなく、10の位として) を掛けたもの」で、

 3). (10 − Y)Y の部分は「1の位の方はそのまま掛け合わせ」たものです。

これは、Riko さんのブログで白樺さんが書かれた考え方が正しいことを意味します。また、1の位の数字の和が10の場合は D = 0 なので、真ん中の項を省略でき、YZ も YZ = Y x (10 − Y) と書けるので、最初に証明した式になります。つまり、こちらの方が一般的な式と言えます。

10の位が同じ2桁の数字の掛け算は、すべてこれさえ覚えておけば簡単に計算できます。慣れれば暗算であっと言う間に答えられるでしょう。知っていると知らないとでは、苦労が随分違う訳です。数学や物理をやっている人間は、面倒なことが嫌いなので、なるべく苦労しない工夫をします。だから計算もさほど苦にならないんですね。

それから、インドでは二桁の掛け算 (20 X 20 くらいまでらしいですが) を暗唱するようです。で、同じ計算の工夫でも、ちょっと考え方は違うようです。インド式の場合、二桁の掛け算を4つの四角形の面積の和として考えます。この方式だと、例えば64 x 83のように、10の位が違う場合でも使えます。つまり、すべての二桁の掛け算で使えるわけです *1。でも、10の位が同じ場合のように、簡単にできるものであれば、楽な方法で計算する方が速いし間違いも少ないという利点があります。


日本でも、最近は九九の暗記よりも二桁の数字の暗唱を覚えることが流行っているようです。それはそれで頭の体操になりますが、もっと工夫することの面白さ、そしてそれが「」だということを教えるのも必要じゃないでしょうか? 「必要は発明の母」という言葉があるように、便利さ、楽さを追求することは、決して悪いことじゃありません。いわゆる「スマート」なやり方であって、実際に科学技術が発展してきた原動力なのですから。そして、(例えば2桁の3つの数字の掛け算 = 立法体の体積を) もっと楽に計算するにはどうしたらいいかを自分で考えさせるようにすれば、日本の数学や算数の教育は楽しいものになって、理系離れも防げるのではないでしょうか?

まずは子供に興味を持たせること。これが一番大事だと思います。だから、こうした一見トリックに見えるようなことから入っていけば、子供は自分から楽しんで数学を勉強すると思いますよ。

*1:たとえば64 x 83の場合、たて横の長さがそれぞれ64と83の四角形を考えます。1の位の端数は面倒なので、まず切りのいい60 x 80の部分を計算します。残った (四角形の) 部分は、80 x (64 − 60)、60 x (83 − 80)、(64 − 60) x (83 − 80) という3つの部分に分けられます。なので、それぞれの合計を足せば答えが出ます。慣れれば暗算でぱっと答えが出ます。