謝れる人、謝れない人

昨日の、草なぎ君に対する鳩山さんの発言についての記事で、たくさんの方が同じような気持ちを持たれたことが分かりました。裏返して言えば、鳩山さんの発言、そしてその後の態度などが、見過ごせる程度のことではなかったということでしょう。しつこくなってしまうかも知れませんが、先ほど YouTube で草なぎ君の謝罪会見を見て、彼が一切いい訳をせず、意地悪な質問に対しても真剣に、正直に答えている様子が立派だなと感じたので、もう少し感じたことを整理してみたいと思います。



誰でも、人間である以上、いろんなへまをしてしまうことはあります。そこで大事なのは、その後の対応や責任の取り方です。草なぎ君も鳩山さんも、自分の発言や行動が多くの人に届くことは分かっていたはずですが、草なぎ君は謝罪会見で実に謙虚に、正直に話しをしました。でも鳩山さん (や他の大部分の政治家) は、国民は馬鹿だから何を言っても構わないんだって感じで話しているように思えます。国民はそんなに馬鹿じゃないですよ。ちゃんと見てます。子供だって大臣の発言がおかしいことくらい分かるでしょう。

かっとなったのはある程度分かるとして、感情的なままに怒りをぶつけてしまうのは、それこそ大人として恥ずかしい行為です。つまり鳩山大臣も草なぎ君と同じように、マナー違反を犯したということになります。置かれた立場は、この時点では、ある意味似たようなものだったのです。

そしてその後、先ほども書いたように草なぎ君はちゃんと謝りました。言いたいこともあったでしょう。悔しい思いもしたでしょう。でも彼は、ちゃんと前を向いて、質問をした記者の目を見て、言葉を選びながら答えていました。プレッシャーがあったのかとの質問にも、ない訳がないだろに「ありません」と答えているのは、恐らく周囲への配慮ではないかと思います。「ある」と答えれば、彼の周りに対して非難がなされるかも知れないし、彼が遠まわしで周囲を非難しているようにも受け取られる可能性があります。だから、そういう状況を考えて「ありません」と答えたんでしょう。けなげですよね。

一方の鳩山さんは、いい訳というか、言い逃れというか、潔くないだけでなく、少しも悪いという自覚が見えない態度で通しています。ま、今までもずっとこんな風でしたから、急に変われないのかも知れないですが、自分がしたことに「少しまずかったな」という気持ちくらいは持っているはずなのに、それを素直に出せない。これ、鳩山さんくらいの歳の人には少なからずいます。自信満々に生きてきた人は、間違いを認めたくないんでしょうね。ここまでくると、かえって可愛そうにさえ思えます。大人になり切れなかったのは、本当は鳩山さんや政治家のような人たちなんだなって。



マスコミによる草なぎ君の扱い方にも問題がありました。他にニュースがなかったせいなのか、北野誠さんの事件を深く追求できないために視聴者の関心を他に向ける絶好のチャンスだと考えてのことなのか分かりませんが、殺人犯のような見出しに始まり、世間で同情や警察捜査のやり過ぎに対する不満が高まってくると、気の毒だとような記事の書き方に変わり、あれだけ各局や各新聞社がわれ先に、独自の情報を流そうといろんな書き方をしていたのに、最後にはどこも同じような、当たり障りのない書き方になってきました。煽っておいて、あとは高みの見物という感じですか。いつものことながら、感心できたものではありません。

日本での騒ぎ方がすごかったせいか、実は海外メディアでも取り上げられました。後になって知ったのですが、Yahoo! のカナダ版では、一時トップ記事にもなったようです。でも (日本人記者により書かれた) その記事には、「最低の人間」という部分は書かれていませんでした。大臣をかばってのことなのか、圧力があったのかどうかは知りませんが、国内と同じように書かなかったのは、国内での報道の仕方に問題があったからではないでしょうか?

話を元に戻しますが、謝罪会見では、「言動が影響力あると前々から肝に銘じていなかったのか?」という記者の質問もありましたが、政治家はもちろん、それこそマスコミの方こそ、芸能人以上に強い影響力を持っているという自覚があるんでしょうか? 今回の騒動をここまで大きくしたのは、マスコミの取り上げ方も大きな要因の1つです。でもそのことについては、この件に限りませんが、マスコミが反省することはまずありません。松本サリン事件の時がそうでした。あれ以降、特ダネを求めて事件を大げさに、先走りした形で報道する姿勢を改めたはずなのに、結局は何も変わってないように思えます。

悪いことをしたと認め、反省し、言い訳をせずに謝る。単純で簡単に見えることですが、これを実際に実行することは極めて難しい。政治家も、マスコミも、警察も、教師や聖職者でさえ、そういう立場におかれると保身に走ることは珍しくありません。でも草なぎ君はきちんと謝りました。彼のファンではないし、才能やステータスを羨ましいとも思っているわけではありませんが、実直な姿には打たれるものがありました。



ピンチの後にチャンスあり、という言葉があります。草なぎ君は自らピンチを招いてしまったけれど、その後の行動は立派でした。もしそれが自分だったら、言い訳の1つ、泣き言の1つもこぼしているんじゃないかと思いますが、彼は強かった。
自分を弱い人間だと自覚し、それを公言できる人は、本当は一番強い人間なんだ
と改めて気付きました。その強さで、彼はこの逆境をバネにして、一回り大きくなって戻ってきて欲しいと思います。

鳩山さんも、今はきっとにがにがしく思っていることでしょうが、今からでもきちんと謝ればいいことです。自分が間違っていて、それを立場が悪くなってどうにもならなくなる前に、自分から間違いを認めて謝った政治家は、恐らくここ何十年の間で一人もいないと思います。以前、菅直人厚生大臣血液製剤によりエイズにかかってしまった方たちに土下座して謝ったのも (あれはあれで立派だと思いますが)、菅さん自身のことではなかったですし (当の責任者たちはやはり言い逃れに終始してましたよね)。

謝れば済むことばかりではないですが、謝ることをもっとちゃんと考えていかないと、これを見ている子供達も、謝ることをしなくなってしまいます。悪いこと (殺人やいじめも含めて) をしても、事の重大さが分からない若者が増えている背景には、政治家のおごった態度があるんじゃないでしょうか。麻生さんも、ぶらさがり取材の態度であまりにひどいと身内からさえ指摘されているのに、「何が悪いんだ」という感じで答えてますよね。国民に選ばれたわけでもない、解散のためだけの首相だったはずが、ずるずると権力の座にしがみついて、それで偉そうにしているのは看過できないことだと思います。せめて、自分が悪かったと思ったときには、一言悪かったと言ってもらいたいものです (自分が悪いということさえ分からない程、傲慢でないのならですが)。

鳩山さんには、大臣として、政治家として、
人として
謝れる人になってもらいたいと思います。草なぎ君の謝罪会見を見たなら、そのくらいのことは悟っているはずですから。