勝手に翻訳

お盆休みが始まりましたね。帰省ラッシュで道路は渋滞しているようですが、連日の炎天下の中、十分な水分補給をしないと身体が参ってしまうので、気をつけてもらいたいものです。それに比べてバンクーバーは連日20度を下回るような「寒さ」で、外を歩いていても長袖を着ている人がほとんどです。今は盛夏の8月、のはず。異常気象が当たり前になりつつありますが、今年は特にひどいですね。


さて、フランスの高校生がベストセラー小説「ハリー・ポッター」シリーズの完結編を「勝手にフランス語に翻訳」してネットに公開し、当局に一時拘束されたというニュースがありました。関心の高いさを裏付けするように、かなりの数のメディアが伝えているようですね。内容は、微妙に異なるものもあるようですが。

報道を総合すると、その高校生 (16歳) は英語が得意で、ハリー・ポッターの大ファンだとか。完結編を手にして、嬉しくて仕方がなかったんでしょう。そして、わずか数日でプロ並の出来に仕上げたというのだから、すごい才能ですよ。

とは言え、いくら英語が得意だと言っても、実際はわずか数日で (学校は夏休みで授業もないんでしょうが) そこまで仕上げるのは無理でしょう (全訳したと報道もあれば、一部の訳だけと伝えている記事もありますけどね)。 一人でやったわけじゃないと思います。当局でも、仲間がいると睨んでいるようです。

ちなみに同様の事態が各国で起きているようで、中でも中国では、中学生のグループが発売後たったの3日で全訳をネットに公開したという、まさに
中国雑技団的アクロバット
なことをやってのけたそうです。    すげぇー

確かに、中国ならやりそうです。ものすごい才能の人がたくさん居そうですからね。それに、著作権侵害が世界でもトップクラスの国ですし。   (今の中国ブームを支える商魂でしょうか)



まあ、このフランスの少年の場合はお金儲けのためじゃないらしいですが、著作権についてあまりにも無知だったのか、知っていて故意に公開したのか、はたまた誰かに利用されたのか、いずれにしても問題ありです。でも、「勝手に翻訳」というのは、実は悪いことじゃありません。悪いのは、それを公開したことの方です。だからこの少年が「公開することを目的としていたのかどうか」で、良し悪しも変わってきます。

ニュースの書き方も、勝手に翻訳したのが悪いような印象を与えるものですが、これってちょっとどうかなって思いますね。



勝手に翻訳というのは、翻訳家志望の人なら大抵やっているはずです。ほとんどは練習のためですが、出版社に売り込みに行くこともあるんだそうです。そして、出来がよければ、出版社が原作者に掛け合って著作権に関する交渉をし、話が進めば、望みどおりに翻訳家デビューできるという訳です。小説家や漫画家と同じで、出版社への持ち込みをする訳ですね。

出版社も、黙っていてもそういう「何とか志望」の人が作品を持ち込んできて、売れそうなものだけをピックアップして売ればいいのだから、こんなに美味しい話はありません。売れないような作品には、どんなに労力がかかっていたとしても、びた一文払わなくていいんですから。懸賞なんかも、これとある程度同じようなもんですね。チャンスをあげる、という側面も確かにありますが、
要は金になる木の発掘ですから。



翻訳家志望の場合、どんな本を翻訳するかで、デビューできるかどうか、売れるかどうかも大きく変わってきます。つまり翻訳家 (志望者) は、翻訳する才能だけでなく、本を見る目も必要なんです。

ここで疑問に思うのは、売れるような本はとっくにプロが翻訳しているのだから、売り込めるような本はあまり残っていないのではないかってことです。でも心配はご無用。世の中、良書と呼ばれているにも関わらず翻訳されていない著作は沢山あるんです。現実は、翻訳家の数が限られているので、探せば未翻訳の良書がいくらでも見つかる状態なんです。逆に言えば、翻訳されてないために、多くの良書が知られていないんですね。

実は、ある著作について訳してみないかと以前から勧められているんですが、なかなか手がつけられません。何せ、普段やっている商業翻訳とはかなり異なる手法や経験が必要ですし、まとまった時間が思うように取れないため、じっくりと言葉を選ぶ「ゆとり」がないんです。   (早い話が言い訳ですけど・・・)

でも実際、いい文芸翻訳にはある程度の時間が必要です。それに、個人的には一旦やり出したらノリで進めるところがあるので、他の仕事が手に付かなくなる可能性もあり、それが怖いんです。なんせ凝り性なもので。

それでも、いつかやり始めなくてはとは思ってます。   (随分時間が経ってしまいましたけど)

んー、この機会に少しずつ始めてみようかな。勝手に翻訳するのだから、締め切りがある訳ではないし。  (そもそもそれが、なかなか着手できない原因なんですが)

というか、早くしないと著作権者を探せなくなってしまうかも知れないし、誰か他の人に先を越されてしまうかも知れない。その場合、単なる骨折り損になりますからね。まあ、いい練習にはなるでしょうが。



ちょっと脱線してしまいましたが、話を元に戻すと、このフランスの高校生、たぶん自分の才能を売り込むなり、自慢しようとしてやった部分もあるんじゃないでしょうか。ここまで騒がれれば、翻訳の才能があることはお墨付きをもらったも同然だし。業界的には、有名になることで仕事を呼び込むことが (少なくともいくらかは) 可能になるのですから。恐らくは、そういう甘い言葉で誘われて、誰かに利用されたんでしょう。

フランスの話なので、この少年の本当の動機が何だったのかを知ることは難しいかも知れませんが、ちょっと興味がありますね。事件の続報を見たいものです。何なら、これをネタに「勝手に小説」を書いてしまい、自分なりに想像を膨らませて納得してしまうという手もありますけどね。事件の裏には、巨大な組織が動いていた、なんて設定で。   (すっごい平凡な想像力)

ま、それだけの才能があればの話ですが、そういうことを「勝手に夢見る」ことくらいは、誰にも文句言われないでしょう。